BAJA1000

バハ1000が昨日終わった。
二輪は今年もホンダが勝利し上位も独占したようだ。
ぼくが参加した90年代はカワサキが連勝していたが、サワサキのエース、ダニー・ハメルの衝撃的な激突死によってカワサキが一時バハを撤退している間にホンダが王座を奪い取ってしまった。


マシンはCRF450一色でバハマシンとして開発されたXR650はすっかり影が薄れてしまった。
カワサキも4stモトクロッサーKLX450で参戦し、以前のように2stモンスターマシンのKX500では無くなっている。
以前は4stXRのホンダと2stKXのカワサキの一騎打ちの様相であったが、今は全てが4stモトクロッサーマシンとなり時代の流れを感じる。


ところでなんで参戦しているはずのオマエがこんな能書きをたれていられるんだ?と思われる人もいるだろう。
そう、今年は行けなかったのだ。
ちょうど仕事の大事なイベントとガチでバッティングしてしまい諦めることにした。
一緒に行くはずだった後輩にはそのことを言ったときはえらくがっかりされてしまった。
ずっとトレーニイグと貯金をしていたそうだ。
とにかく来年は絶対に行くからとしぶしぶ納得してもらった。


ということでバハは来年絶対に行きます!
ちなみにチームメンバー大募集中です。


構想では3名1チームで2チームの6名のライダーとし、あとはサポートメンバを数名にしたいなと考えている。


※モンスタートラックの走行シーンは迫力があるね〜。
これに抜かれるときは怖いだよなあ。避けないと容赦なくひかれるからな。コワイコワイ



※今年もカワサキVSホンダの一騎打ち。ゴールしたのはカワサキが先だが、スタートがホンダのほうが遅かったのでホンダが優勝した。
エンセナダのスタートでホンダのケンドール・ノーマンがエンストし、焦ってキックしているのはご愛嬌。
横にいるサル・フィッシュが、何してんだよ!という顔で見ているのも笑える。
ラストの勝利インタビューでケンドール・ノーマンのチームオーナーであるジョニー・キャンベルはなんと去年までライダーとしてバハ11連勝を達成している!長いよなあ、ぼくが参加したころからホンダのトップライダーだったもんな。
でも今年はチームオーナーに徹したようで走ってはいないようだ。

主力マシン交代

長年、日常の足として活躍してもらったいた主力マシンこと原チャリがいよいよご臨終してしまった。
エンジンはまだ全然元気なのだが、クラッチが固着してしまい停止ができなくなってしまった。
週末休みになるまでどうしようもなく、通勤で絶対に停止しない走りを強いられ大変だったw
修理も考えたが部品代だけでもけっこうな金額になりそうなのと通勤の足として直ぐに必要なので思いきって買い換えることにした。


これが今まで頑張ってもらったYAMAHA アプリオ。
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友人のバイク屋から中古車ながらかなりいい状態のものを超格安で売ってもらった。
見た目は完全なオヤジ仕様でパッとしないが、これがパンチのある2STエンジンで高速の伸びもよく見かけと違って元気のよい原チャリだった。
なんせウィリーもできたもんね。(失敗して竿立ちになり、リアフェンダーが路面に当たって無くなってしまったけど・・・。そのままだから雨の日に走ると泥水が舞い上がり背中がビチャビチャになってたな。)
朝の通勤レース?でも、他の原チャリに負ける気がしなかった。
だから次期マシンもパワーがありフットワークもよく、でいきればアプリオでは弱点だったブレーキとサスペンションがいいものが欲しかった。


そこで色々検討してみた
<エンジン>
パワー重視なら絶対2stでしょう。
今では2stは製造されず全て4stになってしまったが50CCという小排気量の原チャリではやはり2stのほうが絶対有利だ。
地球に優しくなかろうが音がうるさかろうがここは2stで決まり。
当然、2stの新車は国産ではありえないが、元々中古車にするつもりだったのでこれは問題なし。


<ブレーキ>
アプリオで唯一不満だったのがこのブレーキだ。
といっても他より落ちるというのではなくパワーのあるエンジンなのに前後ドラムブレーキが負けてしまっていた。
こうなると最低フロントはディスクが欲しい。


<サスペンション>
アプリオのサスが悪いわけではないがジャップとかするとさすがに弱でその結果、リアがフルボトムした際に燃料タンクに穴があいてしまったこともあった。
まあ、普通はスクーターで原チャリでジャンプしないだろ!というつっこみが入りそうだが、サスもいいに越したことはない。


<収納性>
これに関してはアプリオは大容量だった。
見た目がださかろうが前カゴ、足元のバケット、リアキャリアとシート下のメットイン。
この積載量は大変便利だった。
一度、ステレオコンポを一式これに積んで運んだことがあったなw
さすがにこれほどの容量は望めないだろうがメットインは絶対だ。


以上の要素をクリアするマシンとなるとおのずと候補が絞られる。
で購入したのがこれ、YAMAHA JOG ZR!
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クラス最高馬力のエンジンはなんと7.2ps!
今の4st原チャリが3psそこなことを考えると圧倒的だ。
フロントはディスクブレーキ、リアサスはアルマイト加工でサブタンク付きのサスペンションだ。
これだけ走りに振った作りなので原チャリレースでも大活躍し人気がある。
そのため盗難に最もあいやすいと言われている。


これに対抗できるのはSUZUKIのZZくらいしかないだろうが、ZZも人気が高くそのくせコマが
少ないのでいいのがみつからなった。
ZRもいいものはなかなか無いのだが運よく1台見つけることができた。
考えてみればアプリオも元々はジョグ系なわけだからパワーがあったのもうなずける。


さてZRに乗ってみると、おお!やっぱり早い!
ブレーキも急制動でも安心。
サスはアプリオがボトムしてタンクに穴をあけたところでジャンプしても(やっぱりジャンプするのねw)何事もなかったように着地した。

こうなると60キロのリッミターがもったいない。
というこでさっそくCDI交換すべくオークションを物色中w。


もっとも全てが気に入ったわけではない。
全てアプリオと比較してだが、
足元のフロアが前よりなのでお尻の下に足元が置けず踏ん張りがかけずらい。
(スクーターだから当然だろ!と言われそうだが・・・・)


排気音がうるさい。
とてもスクーターの音らしくない。
これもこのハイパワーを出すためには仕方ないのかもしれないが・・・


イグニッションキーとシートロックキーの穴が別れているので面倒臭い。
最も一体だったアプリオが珍しいのだろうが・・・・


タンク容量が小さい。
あきらかにアプリオより燃費が悪そうなのに容量は逆に小さいのでこまめな給油が必要になるだろう。



しかしあくまでも通勤用なはずなのに、この感想はなんだ(笑)
まあ、とりあえずCDI入れ替えてリミッターをカットしよっと!(てかやっぱりそっちか)

あこがれの人

シクロードラリーでご一緒させてもらったカメラマンの大垣一さんから写真展の案内状が届いた。
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大垣さんはカメラ片手に世界中を旅されていてシルクロードラリーの時も確かアフリカから直行で来られ中国製の非力でボロボロのバイクでラリーに参加し、ラリーが終わるとそのままインドに向かわれたおぼえがある。
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ぼくよりだいぶ年上の方だが、その行動力とどんな逆境でもニコニコ笑って乗り切ってしまう人柄はラリーで回った街々でも大人気だった。
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大垣さんはどう考えてもラリーにでるようなマシンではないポンコツバイクで毎日最後尾を走り、その日のゴールに着くのが深夜になっても疲れた様子を見せず、それどころか、その日一日を誰よりも楽しんだようにニコニコと愉快そうにされていた。
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大垣さんに会うまでのぼくは、ラリーは完走が目標と言ってもレースである限りライバルたちと競り合い少しでも良い順位を狙うものだと思っていた。
だが、大垣さんが毎ステージを順位は全く気にせず回りの風景や突発的なトラブルを誰よりも楽しんでおられる姿を見ていると、ただがむしゃらに走るだけがラリーではなく、こういうラリーの楽しみ方もあるのだと気付かせてもらった。


こんなエピソードがあった。
大クラッシュで肩とあばら骨を骨折したぼくはそのあとのレースはただ完走することだけを目標に皆よりも大分後方をゆっくりと走っているとタクラマンカンの砂丘を抜けたところに軍の監視小屋が見えてきた。
するとその小屋の前でしきりに手をふる大垣さんの姿があった。
ぼくが近づき、こんな所でどうしたのですか?と尋ねると
この先8キロ位先でバイクのチェーンが切れてしまったので歩いてここまで戻り後から来る予備チェーンを積んでいるサポートカーが来るのを待っているのだと言う。
その手にはホーローの洗面器があり、それでお茶を飲んでいた。


さらに話を聞くとGPSも壊れてしまっているそうだ。
コマ地図がなくGPSポイントだけが頼りのこのラリーでGPSが使えないと全くナビゲーションができなくなってしまう。
それなのに良く砂丘を抜けてここまで来れましたね?と聞くと
ラクダの足跡を見つけたので、それを追ってここまで来たそうだ。
やっぱり動物は賢いで〜、ちゃんと砂丘の出口を知っているんだからとぼくに言うのだが
ぼくが、ラクダは砂丘の出口は本能で分かってもラリーのコースがどこかなんて知らないからこのコース上の出口に来るとは限らず、ラクダがここへ出たのは単なる偶然ですよというと、
そうか、そう言われればそうやな、ガハハハ!と豪快に笑い飛ばしていた。



そして、飲むかい?と兵士にもらったというゴミの浮いた洗面器のお茶をぼくに勧めた。
ぼくは丁重に断ると、とりあえず先に行きますねと大垣さんとその場は別れた。


その日、ビバークでは大垣さんのことを心配して待っていると夜中の3時頃に「ホッホッホ〜♪」と雄叫びをあげながら大垣さんが帰ってきた。


何事もなかったように帰ってきた様子に感心していると横にいた他の参加者がこんなことを言っていた。
彼も砂漠の中に停まっている大垣さんに会ったそうだが、その時の大垣さんはバイクから離れ、回りの風景をしきりにカメラに納めていたそうだ。
彼が何をしているのですか?と尋ねると、チェーンが切れてしまって動けないのだけど、まわりの風景が素晴らしいのでどうせ動けないならじっくりと写真でも撮ろうとしてたと言われたそうだ。
普通ならマシンが壊れ意気消沈するところなのにそんな逆境もまるで楽しんでいるように見えたそうだ。


他にも大垣さんのエピソードには事欠かない。
大垣さんは神戸にお住まいなのだが、阪神淡路大震災で家が全壊してしまったそうだ。
だが、その家を大垣さんは自分の手で時間を掛けて再建したそうだ。
ラリーを取材してたTVクルーがご自宅に取材させて欲しいというと、来てもいいが来るなら晴れた日がええで、と言われ行ってみると、ご自宅に屋根がなかったそうだ。
早く屋根を作りたいのだが、なかなか日本に帰ってこないのでまだできてないのだと言われたそうだ。


ラリー中も、大垣さんがあまりにオンボロバイクに乗っているので心配した主催者がスタッフカーを帯同させたら、邪魔だからとスタッフカーをまいてしまったそうだ。


他にも色々あってきりがない。
だからラリーが終わるころには、ぼくはすっかり大垣さんのファンになってしまった。


人生はたった一度、その人生をどう生きるかは本人しだいだ。
だが、もし自分の人生を誰かのように真似することができるなら、ぼくは大垣さんの人生を選ぶだろう。
そう、ぼくにとって憧れの人だから。




ブルーノート

全然バイクと関係がないのだが、あまりに気分が良かったので・・・。

今夜、南青山のブルーノート東京に行ってきた。
お目当ては先日ハリウッドのWALK OF FAMEを受賞したばかりのサックスプレイヤーのデイブ・コーズと南アフリカ出身のボーカル&ギタリストのジョナサン・バトラーとのジョイントライブだ。
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最高だった。
何度もとり肌が立つほどの素晴らしく楽しいステージだった。

ライブハウスならではの客を巻き込んでのグルーブは感動すらおぼえた。
特に本来はメインであるデイブ・コーズをも食ってしまっていたジョナサン・バトラーの圧倒的テクニックと歌唱力はすばらしいのひとことだ。

あ〜今夜は楽しい夜だった。
また来年も来ようっと♪

ブルーノート東京のステージ模様
映像にもあるように二人ともどんどん客席に下りてきてお客も巻き込んで大盛り上がりだった。
映像のラストに流れる童謡「赤とんぼ」をしっとり演奏した時は、女性のお客が思わず
「やっぱかっこいわ〜」と漏らしていた。


ところで今夜はハロウィンだ。
六本木界隈では仮装したやつで溢れていた。
いつから日本でもハロウィンやるようになったんだ?
べつにクリスチャンでもないのに、どうせ仮装して馬鹿騒ぎする日とでも思っているんだような。



でも、ミニスカポリス風や小悪魔風などの肌もあらわな女性の仮装はいい目の保養をさせてもらいました(笑)

ゴットハンド

今日、早く帰れたので地元でお世話になっている整体院に寄った。


ここの先生は中国人のS先生。
学生時代から怪我の絶えなかったぼくは、いろんな整体やマッサージに通ってみたが、ここのS先生が文句なし一番でとにかくいい腕をしている。


2005年にラリーで大怪我をし、もしかするとちゃんと歩けなくなるかもしれないと言われたぼくが普通に歩けるようになったのもS先生のおかげだ。
おまけにこの歳で身長が2センチ伸びたのもこの整体院に通いだしてからだ。


ぼくからすればゴッドハンド神の手を持つ先生なのだ。
なにせ、もし宝くじが当たったら、S先生を自分専任で雇いたいと真剣に思っていたくらいだw


ところが、今日、S先生から衝撃的発言があった。
「YUZOサン。ワタシ△△△、今度ノ土曜、中国帰ル。モウ日本コナイ。」


な、なんですと!!!


「そ、そうなんですか?また急な話で・・・。しかし残念だな・・・」
(もう絶句)
「ソウ残念。デモモウ決メタ。仕事モ変エル。」
え!整体師もやめるの!もったいないこんないい腕を持っているのに・・・
(なんで、なんで!!)


それより困ったことになったぞ。
S先生が居なくなってしまったらぼくはどうすればいいんだ。


治療中もベットの上で(困ったな〜、マジでこれからどうしよう・・)
と悩み悶々としていた。
こころなしか治療もいつも以上に丁寧な気がする。
(そうか、今日が最後の治療になるから丁寧にやってくれているのだな)
しかし、上手い。実に上手い。
もう、この治療を受けられなくなってしまうのか・・・・。トホホ


やがて治療が終り、からだはすっきりなのだが気持ちは思いっきりブルーな状態で治療代を払っていると


「最近混ムカラ次ノ予約トルカ?」と言われた。


「え?予約っていっても、今週の土曜まででしょ?だったらもう来れないし・・・」


「エ?YUZOサン、モウ来ナイアルカ?ナンデ?」


「なんでといっても、先生が中国帰るなら無理でしょ。」


「エ?ワタシガ中国カエル?」


「だってさっきそう言っていたじゃないですか!」


するとS先生が急に大笑いしだした。
良く聞くと、帰るのは先生ではなく、ずっと日本にいた妹さんだそうだ。先生の家族は中国に残してきているので、妹さんだけが日本での唯一の身内だったそうだ。
で、その妹さんが日本での仕事を辞めて国に帰ることになったそうだ。


冒頭の先生が「私△△△・・・」と言ったのは「私の妹が・・・」と言ったつもりだったそうだ。


なんだよ!
びっくりさせないでよ先生。
でも・・・・
よかった〜。本当によかった。
これでまだ当分は先生の治療が受けられる。


S先生に、治療中にこれからどうしようとずっと悩んでいたと話すと
「ゴメン、ゴメン。モシ私ガ中国カエルナラ、ズット前カラYUZOサンニ話スヨ。アタリマエデショ。」と言われた。


帰り道、とりあえずほっとしたが、良く考えてみると、先生も家族を中国に残してきているのだから、いつ帰ってもおかしくないわけだよなと思ってしまった。

てことは、今日の勘違いが現実になるのもそう先の話ではないのかも・・・


ん〜。やっぱりこうなったら、宝くじ当てて先生の家族ごと面倒みるしかないかw


Extra

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