迫真の演技?

またまた話しが遡ってしまうが、ファラオの初日はGPSが全く使いものにならなかった。

もともと今年からGPSは今までの前コースをナビしてくれるものから
GPSポイントから半径3キロ以内に入らないと作動しないシステムに
変更になっていた。

恐らくこれは最近のラリーはハイテク化があまりに進み、それに頼り
過ぎる傾向を戒めるためにこの変更となったのであろう。

とは言え、GPSはやはり現代のラリーではなくてはならないもので
あり、ましてや今回のルールではGPSポイント=隠れチェックポイント
でもあり、確実に通過しないとペナルティとなってしまう。

ところがSS1をスタートしてまもなく明らかにGPSポイント近くに到達
しているにも関わらず、全くディスプレイにナビ情報が表示されないの
である。

あとで分かったことだが、GPSのバックアップ電源である外部電池から
の配線が接触不良で電流が寸断され、その度にメモリーが初期化されて
いたためのようだ。
そのことは自分も走りながら薄々察していて、どこかのタイミングで
配線の確認をしようと思い、チェックポイントで止まったときにすること
にした。

そこでチェックポイントに着くと早速配線を確認しようと一旦エンジン
を停止したら、あれ?再度メインスイッチをONにしても今度はGPS
どころか電気系が一切作動せずエンジンも掛からなくなってしまった。

これは焦った。
頭の中はナゼ?ナゼ?ナゼ?の嵐で一瞬どうしていいのか途方に
暮れてしまった。

このチェックポイントには先回りしたレイドクラスの参加者も多く
観戦しており、あのモトはどうしたんだ?
といった感じで遠巻きに見ていた
やがてTVカメラマンがやってきてどうしたんだ?と聞くので
「分からないがエンジンが掛からない!」と言うと三脚を据え
カメラをセットするとぼくのことを撮りはじめた。

その時だ、まてよ、伝送系の一部がダメなのではなく全部がダメと
いうことは大元のバッテリーが怪しいと思い、シートを外し、バッテリー
をチェックしてみた。

当たりだ。
バッテリーのプラスのケーブルのボルトが外れていた。
なんだ、これだけの問題か。
と分かると、急に気持ちに余裕が出てきて、うっとおしいと思っていた
TVカメラのことも急に意識しだし、そこからはただバッテリーの配線を
繋ぐだけなのに、さも大変な修理をしてる振りをし、CPのスタッフが
持ってきてくれたペットボトルをワザと喉が渇ききっているがごとくガブ
飲みし、後は一心不乱に整備をしている振りをした。
そしてスターターを押しエンジンが掛かると、握り拳を握り、胸元で
「YES!!」と言いながらガッツポーズを取ってみた。
普段、こんなポーズはやったことないんだけどね(笑)
ちょっとカメラを意識しすぎたかな。

結局、GPSだけは回復しなかったがそのまま走り続けることに
した。
さて、あの臭い演技は編集で採用されるのかな?
どうせカットだよな〜(笑)

砂丘の動画

最近なにかと話題のYoutubuを探すと結構ラリー関係の動画があった。


ファラオと同じサハラ砂漠のデューンを登る。
このライダーはびびって止まってしまったがそこで下りなきゃ!
http://www.youtube.com/watch?v=IK8k0PPDbbs&NR

デューンであえぐライダーたち、しんどいよね〜。
http://www.youtube.com/watch?v=IC6okkphon0&mode=related&search=

ファラオでもトップライダーが毎日のように吹っ飛んでいた。
まさに命がけだよね〜。
http://www.youtube.com/watch?v=6BgTP3d8POQ

ま、これはデューン番外編、しかしお見事!
http://www.youtube.com/watch?v=V1za8sgvG3A

熱中症

06_Stage2.jpg

話しが前後するが
ファラオラリーの二日目に熱中症になってしまった。

この日のSSは前半はガレ場が多く特にうちらがキノコ岩といった風化で頭でっかちで下がえぐれて細くなっている岩の間のフカフカのサンドの中を右に左に走らさせられるハードな設定だった。
とにかくここはしんどくかなりバテてしまった。

それでも150キロぐらい過ぎてからだろうかやっと脱け出しフラットな平原にでて「やった〜これで少しは楽ができる!」と思った矢先だった。

さきほどまでの難所でけっこう息が上がっていたのだが、どうも動悸がおさまらない、というかどんどん激しくなっている。
「あれ?おかしいな。まあ走っているうちに落着くだろう。」
と思い走り続けようとしたが、動悸は激しくなるばかりでしかも目の前が真っ白になってきた。

「ど、どうしたんだ?」とにかく少し休めば落着くと思いマシンを止め降りたのだが症状は一向に良くならない、そうしているとレーシングカミンオンが一台やってきてグッタリしているぼくが気になったのだろ下りてきてぼくに水のペットボトルとランチパックで配られたナッツの袋をくれ、塩分と水を取れと仕切りに言っていた。

そこでどのくらいだろう、かなり長い時間を休み少し動悸がおさまってきた気がしたので、マシンに跨り走りだしたのだが、数百メートル進むだけでフラフラになってしまう。

それを幾度か繰り返したあと、意識が朦朧としてきてとうとう走ることができまくなった。

またマシンから降りキャメルバックの水を飲んだり、非常用にもっていた飲むゼリーや薬を飲んだが症状はどんどんひどくなって気絶しそうになってきた。
しかもひどい寒気と吐き気もしてきた。

以前、熱中症になり鳥肌がでると30分で死ぬと言う話しを聞いていて
まさに今、自分がその状況なのだと思った。

「ま、まずい、このままでは死ぬ。早く救助を呼ばねば。」
と思いイリトラックのレスキューボタンを押そうと思ったのだが、これで押してしまったらリタイヤになるのでは?と思い押すのを躊躇してしまった。
しかし意識が遠のく中で「ダメだダメダ!早く押せ!命には代えられないだろう!」という心の言葉に促されボタンを押した。

だが、そのあと気を失ってしまい。良く憶えていないのだが、ハッと気がついたときに慌ててもう一度押してみた。
するとすぐにイリトラックのスピーカーから「どうした!クラッシュか?」という声が聞こえてきた。

ぼくは声を絞りだし「クラッシュしていないし、怪我もしていない。でも体が熱くとても疲れて動けない!」と言うと「わかった、すぐに救助に行くから待っていろ!」と答えが返り、そのあとのぼくはマシンの影に横たわりほとんど意識を失っていた。

それからまもなくヘリが飛んでくる音がすると思っていたら、いきなり頬を誰かがひっぱたき水を顔にかけられた。
てっきり車が来ると思っていたら、ヘリが救出にきたのだ。

そのあとはヘリに運ばれドクターの診察と手当を受けたのだが、スタッフが音がうるさいので筆談で「おまえを次のチェックポイントまで運び、そこから車で今日のビバークまで陸送する」と書いていた。

ところがパイロットがなかなかチェックポイントのスッタフの車をみつけることができず、結局ビバークまで直接飛ぶことになった。

このときのぼくは気持ち悪くて吐きそうなのを我慢していたので直ぐにつくと言われていたチェックポイントから遠いビバークに変更になり吐くのを我慢できるか心配になっていた。

それでもヘリから見える眺めはそれはそれは素晴らしいもので、特に砂丘群の恐ろしくも美しい景色は写真にとりたかったが、さすがにその状況ではカメラを取り出す元気はなかった。

そうこうしているとヘリのスタッフ達が急に笑いだしたので、なんで?と思っていると眼下に爆走するレーシングカミオンが見えた。
パイロットがぼくに速度計を指先すので覗くとメーターは150キロを指していたのだが、なんとそのカミンオンはどんどんヘリから遠ざかっていくのだ!

それからパイロットは170キロまで速度上げ、やっとカミオンと同じスピードになった。
ゲ!ということは、このカミオンは170キロで走っているということだ!
あとで聞いた話しなのだが、このカミオンは200キロまで出せるそうだ。
恐ろしやレーシングカミオン!

そうこうしているうちにやっとビバークに着き着陸すると、直ぐにメデカルカーで運ばれメデカルセンターに収容された。
そしてそこで点滴をなんと8本も打たれることになった。
点滴一本の容量がどくらいなのか分からなかったが、もし500CCだとすると4リットルの点滴を打ったことになる。
この話しをレイドクラスに日本人で唯一四輪で参加していた女性(H口さん、実は女医さん)
に話したら、4リットルだとすると点滴量としては最大限らしく、そうだとするとかなり危険な状況だったことになるそうだ。
(そんなに危なかったのだ)

ところで、これでリタイヤかと思っていたら、ペナルティの時間加算はあるがレスキュー3回まではレース復帰がOKと言われ、落ち込んでいたのに思わぬ制度に救われた気分になった。

振り返ればこの日の自分は準備を怠っていた。
とにかく暑いので熱中症にだけは気をつけようと初日は走る前から十分の水をとり、走行中もキャメルバックから絶えず水分を補給するようにしていた。
ところが初日は特に苦労すこともなく淡々と走るこことができたせいか、途中でオシッコをしたくなり、止まってトイレタイムをとるはめになってしまった。

このために二日目は走る前にあまり水分をとらず、走りだしてからもコースが厳しいこともあり、走ることだけで必死で水分を取ることを怠っていた。
自業自得とはこのことだ。
もし、ヘリがすぐに来てくれなければ自分は死んでいたかもしれないと思うと主催者の迅速なレスキュー体制に命拾いをした思いであった。
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ファラオのスライドβ版

まだ画像の整理がついていないのだが、とりあえずスライドを作ってみました。
しかしBGMをデスノートの主題歌にしたのは深い意味はないですから(笑)
http://www52.tok2.com/home/duneboy/photojam/pharaons/flash_detected.html
20061018003003.jpg


月の砂漠で宴

ファラオは毎日が刺激的で色んな出来事があり、何から話してよいか迷うのだが、そんななかから特に印象的に出来事をピックアップしてみようと思う。

<その1>
■月の砂漠で宴
ラリー5日目は途中からマップケースのホルダーステーが完全に折れてしまい応急処置をしながらの走行となった。
そしてSSフィニッシュまで残り約30キロというところでまた修理を行っているとオフィシャルカーが来て、もうマキシマムタイムオーバーだし日暮れも近くこの先の走行は危険だからここでカミオンバレーを待つように指示された。

しかたなくその指示に従いカミオンバレーを待っていると程なくやってきて早速ぼくのマシンを積み込んだ。
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積み込みが終わり、さあこれで今日のビバーク地であるシーワに直行すると思ったらその前にコース途中で横転したレーシングカミオンを救出に行くという。
「お前、見なかったか?」と聞かれたので、見たと答えると「じゃ、そこまで案内してくれ」と言われ一緒に救出に向うことに。
やがて現場手前の砂丘を越えると救出を待っているカミオンメンバーが手を振って早く来てくれと言わんばかり合図をしていた。
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ここでカミオンバレーのイタリア人コンビ、ドライバーのジーノとアシスタントのパウロはなんと大笑い!
早くしろ!とせかすメンバーを待たせ自分達のカメラを持ち出しぼくに渡すと横転したカミオンをバックに写真を撮ってくれと車を降りてポーズをとりだした。
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撮影大会が終わるとやっとカミオンを起こす作業を始めたのだが、さてどうやって起こすかもめていた。
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結局、カミオンバレーが砂丘の反対斜面から引っ張りお越し、そのあとは真後ろに回り斜面から引きずり下ろすことにした。
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なんとか引き起こしには成功したのだが左前輪のタイヤが完全にホイールから外れていたのでまずはその交換をしてから後に引くことにした。
ということでエアーバックジャッキで車体を持ち上げようとしたいたときにハプニングが、なんとメンバーが車体の下にもぐっているのにエアーバックにエアーを送るバルブが外れ危うく下敷きになりかけた。
間一髪脱出したメンバーは「俺を殺す気か!」と多分イタリア語で言っていたのだろう、えらいけんまくで怒っていた。
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やっと砂丘下まで引きずり降ろしたが、どうもエンジンが掛からず自走ができないようだ、かと言って力持ちのカミオンバレーでもさすがにカミオンを牽引して砂丘越えは無理で、かといってこのまま置いていくこともできず、ではエンジン修理が終わるまでここでビバークすることになった。

とはいえ引き起こし作業が終わってしますとカミオンバレースタッフに仕事はなく、ただひたすらレーシングカミオンのメンバーがエンジン修理終わるのを待つだけで暇になってしましった。
やがて後発のカミオンバレーがもう一台合流しそのイタリア人スタッフ3人とこちらのジーノとパウロの合わせて5人と砂の上に座って休憩となった。
すると後発カミオンバレーのスタッフがなぜかキンキンに冷えたビールを持ってきてそれぞれが持っていたランチパックのありったけの残りものを出し合い、それをつまみに宴会状態になってきた。
ちょうどこの夜は満月で涼しくなった砂丘の上に横になり修理中のレーシングカミオン越しに見る月は眩しいくらいに輝いていた。
砂丘の上は本当に心地良く、「ああ、このままここでビバークも悪くないなぁ」と思った。
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ビールを飲んでご機嫌になったパウロが、やおらオーソレミオを歌いだした、すると他のスタッフも歌いだしぼくも一緒に。
パウロはトリノ出身だそうでこの歌はトリノの曲だと言っていたが本当かよ?
大合唱が終わると今度はぼくに何か日本の歌を歌ってくれと言われた。
困ったあげく、ぼくはスキヤキソング(上を向いてあるこう)を歌った。
「いい曲だな!どんな意味の歌詞なんだ?」と聞かれたので、人生まっすぐに上を向いて歩こう!みたいな曲だというと「おお!オーソレミオも太陽を歌ったものだから似ているな!」だって。(へ〜そうなんだ)

それから暫く月夜の灯りの下で大合唱が続きそれも歌い疲れると今度は日本語を教えてくれときた、だけどどの言葉を教えても語彙が長くて発音も難しいと憶えられない、特に挨拶の「コンニチハ」は長くて難しいと言い、イタリア語なら「チャオ」で簡単なんだけどなと言われた。

ならば「コンニチハ」はイタリア語の「ボンジョルノ」だから「チャオ」のようにもっとカジュアルな挨拶なら「オッス!」でいいよと教えると、「お!これは簡単でいいな!」とそれから「オッスYUZO!」とやたらオッスを連呼することになった。

後日談だが、その後このカミオンバレー軍団スタッフと会うたびに「オッスYUZO!」と挨拶されることになった(笑)

昼間は灼熱の砂丘も夕暮れから夜は涼しくそして昼間では見ることことができないその瞬間瞬間の美しさをこれでもかと見せ付けていた。
タイムオーバーは残念だったがおかげでファラオ期間中で最も心地良い
時間を経験できることができた。
砂丘の上に寝て満月を見ながらビールを飲む。最高だった!

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馬場さんより伝言

無念!!

ただいま〜!

カイロに無事帰ってきました。
結果は残念ながら五日目でマキシマムタイムオーバーで失格となりましたがそのあとも走らせてもらいなんとかゴールにたどり着くことが出来ました。

日本人参加者は八人中二人のみしか完走できず、怪我人も二人でてしまいました。

それからもわかるようにかなり過酷なものでしたが本当に素晴らしいラリーでした。

とくに砂丘の美しさは圧巻でため息がでるほどでしたがその恐さもなかなかでした。

今回のラリーは世界選手権の名に恥じないハードで濃厚な毎日を過ごすことができ自分的には堪能させてもらいました。
本当に毎日色々な事がありこのばではとてもかききれません。
詳しいことは日本に帰ってから書くことにします。

応援して下さった皆さん有難うございました。

出発!!

いよいよ明日スタートだ。これでしばらく書き込みもできませんが、次に書き込む時は完走報告が出来るよう頑張ります。
行ってきます!

またかよ

今日は車検と装備チェックをうけたがここで問題が二つ。

まずGPSが作動せずスタッフに確認してもらう。これはあっさり動くようになったのだが、ヘルメットがスネル規格が違うとNGになった。

事前に確認したときはOKのはずだったのだがダメというので日本人のうち4人がひっかかった。
後でわかったことだがFIMのサイトにはちゃんと規格が新しくなってあることが書いてあった。

とにかくどうしたものかと悩んだが、なんとか新しいものを手に入れ
合格をもらうことができた。


さあこれで明日スタートできる。
がんばるぞ!!

またトラブル

20061002080323
書類審査を受けたのだがFIMのライセンスが日本人は皆エンドゥーロになっていて駄目だと言われてしまった。
だとするとMFJのミスになるので明日確認することになった。

やれやれと思いつつGPSを受け取ろうとしたら、既に日本で付けていたCAPメーターの仕様が変わったから交換しろといわれ、せっかく取り付けたのを外すはめに。

しかも極め尽けはセンチネルのオーダーが入ってないから渡せないときた。
だが領収書があったのでなんとか受け取れた。

まあ、スタッフがイタリア人とフランス人だから結構いい加減だからなぁ。

アラビアンナイト

20061001044024
さっきの食あたり事件もあり他のメンバーは皆疲れて寝てしまったので、一人ぼっちでプールサイドで夕涼み。
気持ちい〜

食あたり

チームメイトのB場さんがあたってしまった。
かなりつらそうだ。
下痢止めはあるのだが今は毒素を出し切ったほうが良いのでしばらくは我慢して様子をみることに。
実は僕も同じものを食べたのだがなぜかなんともない。
なんで?

Extra

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