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3日目のレポートの前に動画が手に入ったのでまずは1,2日目の動画とちょっとだけアップ。
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初日のプチ砂丘での練習走行。
みんな気持ち良く走っている。
撮影は我らがボス?E坂さんがヘルメットカメラで撮影。
時々、カメラが左足先を向いているのはE崎さんのマシン(DRZ400)のシフトペダルが折れてしまいかかとで無理やりシフトチェンジしているからだw


二日目のダウンヒルの動画。
先に書いたようにこの日はずっと天気が悪くいまいちの曇り空だった。
真っ先に下りたのはさっそうと660ラリーに跨るF宅さん。
やっぱり660ラリーは絵になりますな~。
映像が変わってからは、下から私が下りて来るところの映像。
なんかこうやって見ると地味ですな~。


次はキャンプ地へ向かってひたすら走っている私を後ろから撮ってもらったもの。

確かこのころから雨が降った気がする。
こんな天気だからこの日は寒かったな~。
あ、一応これでも道だそうですw
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面白い動画を見つけた。
とある企画で「もし、教習所教官と白バイ隊員が勝負したらどっちが勝つか?」というもので
実際に自動車教習所コースを使用して、逃走犯=教官、追跡者=白バイ隊員という設定で教官が逃げ切るか、それとも白バイ隊員が追い詰めるかやってみた映像だ。
まずは百聞は一見にしかずでご覧ください。

結果は・・・
白バイ隊員の圧勝だ。
笑ってしまうのは、白バイ隊員がこんな時でも発進時に後方確認をしているのと、追跡しながらマイクで「危ないですよ~。左に寄って停まって下さ~い。」と言っているところだ。
状況的にはホームコース?でコースを熟知し、かつ白バイが重くてフル装備のVFR800であるのに、それより機動力のあるはずのCB750に乗る教官のほうが有利のはずなのに、それでも余裕で追尾する白バイはさすがとしかいいようがない。

最後の二人のコメントで白バイ隊員がすべてローギアで走行していたことも興味深い。
これを見たら白バイから逃げようと思う不届き者はいなくなるのではw
今日は砂漠でキャンプの日。

今回、シュラフを新調した。
いままで使っていたのがいい加減くたびれてきたのでここは奮発してちょっといいやつを買った。
余談だが、今までメインで使っていたのは2006年のファラオラリーでチームメイトのM本さんが帰国するまえにホテルに捨てていくと言うので貰ったやつだ(笑)

買ったのはモンベルのU.L.スパイラルダウンハガーの#3だ。
ちょっとお高いが、ダウンシュラフなのでコンパクトでありながら保温性がとてもよい。
夜は冷え込む砂漠では保温性は絶対なのだが、荷物は最小限に納めたいラリーでは軽量かつコンパクト性は不可欠だ。
その点、このシュラフはご覧の通りコンパクトでありながら使用可能限界温度が-10℃のすぐれものだ。
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おかげで氷点下まで冷えた今夜も快適に寝ることができた。

さて準備万端ということで本日も出発。
でもなんだか天気が怪しい。
ペーターが「もしかしたら雨が降るかも」だって。
おいおい、絶対に雨は降らないはずのサハラでまさかそんな。
まあ、仮に降ってもすぐに止むだろうし、ちょっと降ったほうが砂ぼこりがたたずいいだろうということ気にせずスタート!
だが、雨が降ることでこのあと超不思議体験をすることになったのだ。

最初に入った砂漠がフラットで比較的しまっていたので直線的にガンガンスピードアップして走った。
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先頭のアミンの次をぼくが走り、アミンが速度を落としたので前方を見るとギャップがありその向こうに舗装路が横切っていた。
これから舗装道路にでるようだ。
ぼくもアミンに続きスピードを落としギャップをゆっくり越えながら左右を見て車がきてない確認しようとしていたら、いきなりぼくの横を1台のバイクがギャップでジャップしながら道路に飛び出していった。
びっくりしていると、さらに後方でバイクが転倒している音がした。

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どうやら道路があることに気づかずそのままのスピードでギャップを飛び越え道路に飛び出してしまったようだ。
さらにその後方も慌てて停まろうとして転倒したようだ。
幸い車が全然走って来なかったのでよかったが、もし車が来ていたら大変な事故になっているところだ。
やってしまった本人も平謝りしていた。
ちょっとみんなの走行間隔が狭いようだ。
こういうハイスピードのダートライディングはかなりの車間距離を持たないといざという時に対処が間に合わなくなる、気をつけよう。
まあ、せっかく停まったのでちょっとだけ休憩。
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ごらんの通り天気は曇り空、こりゃ本当にひと雨くるかも。

ちょっとガレた丘を登っていくといきなり眼下が開け向こうに畑のようなものが見えた。
アミンの話だと、ここは国が開拓した畑だそうだ。
なにもこんな人里離れた場所に作らなくても思ったら、このあたりは地下に水脈があり水の供給がし易いらしい。
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この後しばらく走ってから、岩場の間からダウンヒルでいっきに下まで下りるチャレンジを1台づつやったのだが、残念ながら写真がない。撮ったつもりだったのだがちゃんと撮れていなかったようだ。おかしいな~?
そしてしばらく走るとサポートカーと合流してお昼の時間だ♪
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今日のランチも本当に美味い!
正直、ホテルの朝食は美味しくないが、このランチは美味い!
ちなみにこの食べ方は写っている具をパンかエイシというエジプトのピタパンに挟んでライムを搾り、あとはお好みでケチャップ、マスタード、ねりチーズ、マヨネーズ、タバスコをかけて食べる。
具の種類も多く飽きない。
食後は、美味しいミルクティを入れてくれる。
コーヒーもあるのだが、こちらでは紅茶がポピュラーのようで味も美味い。

お腹一杯になったら本日のビバーク地にGO!
すると雨が降ってきた。でもほんのちょっとパラパラ降るだけで直ぐに止んでしまった。
それでもサハラ砂漠で雨に降られるとは思ってもみなかった。
砂質がだんだん柔らかくなり、砂丘郡が現れるようになるとやがて本日のビバーク地に到着。
今日はアミンのお父さんが先着してキャンプの準備をしてくれていた。
ところがお父さんの車をみると、なんと昨年までぼくが乗っていたランクルのFJ45じゃないですか!
まさかアフリカの砂漠の中で再会できるとは(笑)
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到着すると超不思議体験をした。
ヘルメットを脱ぐと、みんな髪の毛が逆立ってしまった。
(あ、髪の毛が無くて違いが分からない人もいますがw)
更に腕を上にあげると指先がスパークしバチバチと凄い音がする。
手にもったデシカメもバキバキいって誤動作している。
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この時は面白がってはしゃいでいたが、後で冷静に考えると、上空にあったのは雷雲でまわりにはバンバン雷が落ちておりぼくらも相当量の電気を帯電していたようで、けっこう危険な状況だったと思う。

しばらくすると空も晴れてきた。
さあ、キャンプの準備だ。
ぼくらはまず自分のテントを張りお酒の用意をした(笑)
サポート隊は夕食の準備を始め美味しそうな鳥肉をやきだした。
ン~これがいい臭いするんだな♪
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他にもテントの中で美味しそうな料理が作られていた。

やがて日も暮れると宴会。。。じゃなかった夕食がスタート!
暖かいトマトスープに始まりどれも本当に美味しかった。
もちろんメインの鳥肉は最高だった。
そしてお腹一杯になったら今度こそ酒だ!踊りだ!宴会だ!
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あ、でもイスラム教のエジプト人たちはお酒を飲まないのでぼくら日本人だけがガバガバ酒を飲んだ。
だから最初はエジプト人たちはノリが悪かったが、結局は一緒に踊りまくっていた。
特にアミンは大笑いしすぎて腹が痛いからもうやめてくれと泣いて笑い転げていた。

さて、そろそろ寝るかということでそれぞれが自分のテントに戻っていった。
だがぼくは何となく流れでエジプト人たちと一緒ににこのテントで寝ることになった。
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そうそう奥に写っている少年は、最初会ったときには下の写真のように頭にベールをかぶっており、とてもシャイで可愛らしかったのでてっきり女の子だと思っていた。
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このテントの中は暖かくとても居心地がよかった。
アミンの親父さんは物静かだけど、ニコニコ笑って美味しい紅茶を入れてくれながら変わりつつある国の話と家族の話をゆっくりと話してくれた。
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アミンは相当ツボにはまったようで、まだうわ言とのように踊りまくっていたうちのメンバーのことを
「あいつはクレイジーだ」とか「すげ~面白い」とブツブツ言っている。
それから隣りどおしで横になると二人で色々な話をした。
彼が日本に行ったとき、京都で車を運転したそうだが、右ハンドルで左側通行になれず、なんども反対車線を走ってしまった話。
日本人は好きだが欧米人が嫌いだという話。特にアメリカ人とイギリス人が嫌いだそうだ。
ファラオラリーに出たときの話。
今回乗っているヤマハWRのラリー仕様車は3日前に買ったばかりだという話。

ここで、ぼくが質問をした。
「バイクメーカーはどこが好きなの?」
アミンは
日本の4メーカーがみんな好きだと、でもあえていうならホンダが好きだそうだ。
自宅にはアフリカーtwinがあるという。
「あれ、KTMは?」ときくと
「KTMは嫌いだ。。。」と言ってニヤっとした。
おいおい、そのわりにはKTMのモトパン履いて、KTMさいたまのウィンドブレーカー着てないか?
てか、寝るときもライディングウェアのままなんかい!

散々話していると夜もすっかりふけてきた。
横では明日の朝食の仕込みをしておりいい匂いがしてきた。
また腹が空いてきたのでちょっとだけつまみ食いをした(笑)
明日も美味しい朝食が食べられそうだ。
もう少し食べたいところだが、こえ以上食べたら怒られそうなので寝ることに。

さあ、明日も楽しむぞ!!!
お休みなさいzzzzz

<続く>

もうニュースでご存知のかたもいるだろうが、オートレース界で44年ぶりに誕生した女性ライダー二人のうちの一人であった坂井宏朱さんがコース練習中の転倒で亡くなってしまった。
先日晴れてプロとしてデビューしたばかりで念願の1勝もあげこれからが彼女のオートレーサーとしてのスタートを切ったばかりだった。
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44年ぶりの女性レーサーのもう一人である佐藤摩弥選手は高校を卒業してオートレーサーになるまではモトクロスライダーであり、実力と美貌を備えたことでモトクロス界では実力を持ったアイドル的な存在であった。その彼女が44年ぶりに復活した女性オートレーサーへの華麗なる転身を計ったということでマスコミでもかなり大々的にとりあげ、彼女もその期待にこたえプロデビューしてからもいきなり華々しい成績をおさめ、まさに沈滞ぎみであったオートレース界の希望の星となった。
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(同期の佐藤選手)

ではもうひとりの女性オートレーサーである坂井さんはどうであったかというと、オートレーサーになるまでは普通の一般OLであり、年齢も既に26歳のそれまで全くバイクにも乗ったこともないごく普通のお嬢さんだった。
そんな彼女は、あるきっかけでオートレースを観戦し、一目でその魅力の虜になった。女性オートレーサーの募集が始まったことを知ると会社をあっさり辞め、反対する両親を説得し、この世界に飛び込んだのだ。

しかし、現実は厳しく、そうでなくても体力的にハンデのある女性なのに、ライダーとしての経験が全くない彼女は訓練学校においても他の候補生についていくのもままならい状態であった。
たまたまTVで彼女と佐藤選手ふたりを取材した番組を以前見たことがあるが、モトクロスライダーの佐藤選手は男性候補生の中に入っても決してひけを取らない走りをしているのに、坂井さんはエンジンの始動をするだけでもままならい散々たる状態であり、正直「この子はオートレーサーになれるのだろうか?」と心配して見ていたしだいであった。

そんな彼女が既にプロデビューし華々しい成績をあげている同期の佐藤選手に遅れをとりながらも、やっと念願のプロデビューを先日飾り、佐藤選手のようにはなかなか勝てないながらも、やっと念願の1勝をあげたばかりであった。
そんな彼女が、ぼくの地元である船橋のオートレース場に所属が決定したときは、普段全くオートレースには興味のないぼくも、近いし一度観戦に行こうかと思っていた。
だが、まさかそのホームコースで練習中にフェンスに激突し事故死するとは当然想像もつかず、このニュースを知ったときは驚きとともに残念でならかった。
努力してこれから自分の夢の人生に向かってスタートを切ったばかりなのに。彼女も無念だろうし、反対しながらも結局は娘を応援していたご両親の気持ちを考えるとやるせない気持ちでいっぱいになる。

レースの世界で危険は避けられないところではあるが、本当に避けられない事故であったのであろうか?
まだまだ未熟であった彼女の技術にも当然問題があったかもしれないが、コース設計しだいでは防げた死亡事故ではなかったのだろうか?
これが転倒により後続車に轢かれるといった不可抗力によってのものであるなら致し方ない場合もあるだろうが、いくらミスしたからといってフェンスに激突したことで頭蓋骨骨折するということは、フェンス自体が衝撃を吸収する工夫がされていなからではないのか?
オートレース界もショックだろうが、彼女の死を無駄にすることなく、こんな悲しい事故が二度と起きないように事故分析を徹底的に行い、コース設計と運営方式に反映するように努力してもらいたいと思う。

享年27歳。あまりにも早すぎる人生というレースを駆け抜けた新人オートレーサーの死であった。

合掌
オートレース坂井選手公式追悼ページ
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夜通し車で走って到着したバハレイアのホテルから一睡もせずデザートライディング1日目の出発だ。
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撮影:KABAさん
ディープな感じの街のメインストリート?を抜け砂丘に向かう。
今日は初日なので近場の砂丘で軽く練習するはずだったが・・・
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撮影:KABAさん
お~!やっと砂丘だ!
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この砂の感じは久しぶりだ。
他のメンバーもデザートライディングを楽しんでいる。
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でもちょっと油断するとスタックしてしまう。
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そして、ぼくがやってしまった。
誤ってリップ状に切り立った砂丘を飛び越えてしまい見事に前転をかましてしまった。
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砂丘のトップを越えた瞬間、向こう側がリップ上に切り立っていることが分かった瞬間に、あ~やっちゃった。。
と思い、とりあえずマシンを放り投げ下に落ちた。
幸い怪我は全くなかったが、マシンはご覧の通りひっくり返ったまま砂にささってしまった。
ガイド役のエジプシャン・ラリーライダーのアミンが飛んできたので、ぼくを心配してきたのかと思ったら逆さになったマシンの写真を撮りだした(笑)
しかも、アミンがカメラを構えるのでマシンの前でポーズをとったら、おまえじゃまだからどけ!とどかされマシンだけ撮られていた。
でも、大事に至らずよかったけど、砂丘越えでは一番やってはいけないことだ。
そんなの十分に分かっているはずなのに自分がやってしまい、本当に恥ずかしいかぎりだ。
アミンにもその後で怒られてしまい自分でも猛省した。


さて、小さめの砂丘をアップダウンして散々遊び、ソロソロ帰ろうかとしていたら、あれ3台いなくなってないか?
F宅さんが探しに行き、我らはとりあえず帰路ルートを戻ることに。
途中、サポートカー組と合流し休憩していると、すぐ横に小さな小屋がある。
さほど気にもしなかかったが、サポートカードライバーのエジプシャンがその小屋を指差して、あれはリビアのカダフィ大佐のお祖父さんの墓だと言う。
本当かよ?
こんな何にもない砂漠の中のただの小屋にしかみえないのに。
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中に入れるというので入ってみると確かに棺があった。
カダフィ大佐も何度かお忍びで来ていたそうだ。
権力を誇ったカダフィのお祖父さんの墓にしてはあまりに質素だったが、普通は土葬であるエジプトで土葬していないでこういう墓を作るのは高貴なのだそうだ。

その後しばらく走るとやっとはぐれた3台&F宅さんと合流。
しかしなにか変だ。
どうやら2台がエンジンブローし、1台はライトがつかなくなっていた。
もう日は暮れてしまうので、エンジンブローのうち1台をランクルの屋根に乗せ、ライトが付かないマシンは前後をライトがつくマシンで挟んでホテルへ帰り、残してきた1台はホテルのトラックで戻りピックアップしてきた。
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軽く練習するはずが、すっかり遅くなってしまった。
でも、こうでなくちゃ面白くないよね。
トラブルも楽しまないと♪

ホテルに帰るとまずはホテル自慢のジャグジーへ入った。
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鉄分が多いらしくお湯は茶褐色だった。

日本じゃないので水着を着て入りビールを飲んでいると、ホテルのマッサージルームの従業員がやってきて、しきりに勧誘しだした。
T崎さんが、じゃあ夕食前にちょっと受けてみるかというこでマッサージルームへ。
夕食時にマッサージの感想をT崎さんに聞いてみるとけっこう良かったという。
ならばマッサージ好きの自分としては帰るまでに一度受けてみることにした。
だが、これが後で大失敗だったことになるとは。。。。

とりあえず、夕食を済ませると、ホテルの離れにあるオーナーのその名もペーターズバーへ。
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バーは意外といったら失礼だが、とても綺麗でお洒落な空間だった。
イスラム圏のエジプトでお酒を手に入れるのは大変らしく、ペーターに頼まれたF宅さんがお酒を持ってきていた。
今夜は日本を出てからまだ寝ていないので、酒はほどほどにベットへ。

明日からは本格的な走りが始まる。
<続く>


37秒あたりに写っているロールマップのコマ図とICO(距離計)の距離をみると、転倒時点の距離は175.1キロであり、コマ図では175.57キロ地点がコース分岐点で鋭角に左に折れるとなっている。
つまり、あとわずか400mくらいで左折のためにスローダウンしてたはずだったわけだ。
しかもカーブの先は崖のようなのでなおさらスピードダウンしたはず。
Wのcautionマーク(!!)もあるし、ちゃんと目立つようにオレンジのマーカーもひいてある。
さらにちょとだけ見えているひとつ前のコマ図(-420m地点)には路面がウォッシュボードぎみになっていると書かれているように見え、まさにコマ図通りに足元すくわれて転倒したようにも見れるね。

ちなみにICOの距離表示単位は10分の1キロまでの表示となっている。
コマ図は100分の1キロ単位になっているのにICOはわざと100分の1キロの桁はカットしている。
やはり、これだけのハイスピードで、かつICOの誤差を考えるとあえてこのほうがなナビしやすいのだろう。
実は自分も最初のころは悩んだが、最近はICOの表示単位設定は10分の1キロ表示にしており、まったく次元が違うが、
それでもトップライダーも同じだと分かって、ああ、これでやっぱりいいだと妙に納得してしまった(笑)。
本来ならアフリカでやっているはずのダカールラリーが南米でまさに佳境をむかえているけど、これはトップライダーもまさかの転倒シーン、見た目はフラットだけど怖いね~。
しかもフロントヘビーのラリーマシンの嵯峨でリアが跳ねると前転しちゃうんだよね。
ライダーはバハ1000のチャンピオンでもあるQuinn Cody。鎖骨折っただけで大事にいたらずよかった。
しかし、冒頭で先行車を抜くときのスピードはラリーストではなく、まさにバハライダーの走りだね。


あとこれはまさかの転倒だよね。
こんなにマディだとは夢にも思っていなかったのだろうけど・・
ライダーはトップのデプレです。

明けましておめでとうございます。

無事帰国しました。
でも風邪をひき帰国するなり寝込んでしまいました。
帰りの飛行機の中でも既にのどが痛かったのでやっぱりという感じですが。
飛行機ってどうしてあんなに乾燥しているんですかね、飛行時間が長いので絶対にのどに悪いな。

さて今回から数回にわけてエジプトツーリグをアップしていきます。
まずは出だしからドタバタした出国から。

■1日目
航空会社のホストコンピュータがダウンしたために大幅に成田発が遅れてしまい2時間しかない韓国でのトランジットがかなり危なくなってしまった。
機内は満席で乗換時間もかかりそう。ほとんどの乗客は韓国までのようで、そこからウズベキスタン経由でカイロに行くのは我々ぐらいしかいないようだ。
するとCAが我々だけすぐにおりられるようにと2階のファーストクラスに移ってよいと言われた。
災い転じてなんとやらじゃないが、これはラッキー♪
分かってはいたが、やはりシートはフルリクライニングできるゆったりシートで、バーカウンターコーナーもあり超快適♪
やっぱりエコノミーとは全然違うな。
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韓国の仁川空港に着くとすぐにウズベキスタンのタシケント空港行きに大急ぎで乗り換えた。
機内は韓国で出稼ぎしていたらしいウズベキスタン人でごった返していた。
さっきまでの快適さはどこえやら、狭いしうるさいしなんか臭かった。

タジキスタンに着くといっきに乗客がいなくなり機内はガラガラになってしまった。
ウズベキスタン空港はとても国際空港とは思えないほどローカルな感じで、免税店も小さな売店が二つあるだけだった。
だけど荷物検査はけっこう厳しく、タバコを吸うメンバはライターを没収されたし、ボディチェックでは全員靴まで脱がされたし、通路のベンチに座っていただけで警備の兵士に座るなと怒られた。
だったらベンチを置くなよ!
でも、カイロ行きの機内はガラガラだったので4人掛けのシートに横になって寝られて楽だった。
そして約20時間掛けてようやくエジプトのカイロ空港に到着。

2006年にファララリーで来たときの空港は汚いオンボロ空港だったが、今回はすっかりリニューアルされ見違えるように綺麗になっていた。
さあ、あとは入国手続きをしたら終わりだと、まずはビザを買おうと財布を出そうとしたら・・・・・
ない!無くなっている。
飛行機の中では確かに財布があることは確認しているのですぐに空港警備や航空会社に行って探してもらったが、まあ当然のごとくみつからなかった。
現地の人もそりゃ120%盗られて出てこないと言われた。
サイフの中には現金(円、ユーロ、ドル、エジプトポンド)だけでなく、免許証、クレジットカード3枚、キャッシュカード、健康保険証、定期券などなど入っていた。
おかげで帰国してから、カード停止や再発行やらで大変だった。
それでも幸いなことにパスポートだけは盗られなかったのでなんとか入国することができた。

もともと海外に行ってもほとんどお金は使わないのだが、これで全く使わないというか使えないことが決定した。
まあ、これで貴重品を心配することもしなくてすむということだ。

カイロ空港を出たのは現地時間で23時くらいだったが、ここからチャーターした車にのっていっきに砂漠のオアシスの街であるバハレイアまで500キロ移動した。
バハレイヤのホテルに着いたのは夜明けまえの5時頃だった。
とにかく寒く車も全然ヒータが効かずすっかり体が冷え切ってしまった。
それでももう時間がないのでホテルの朝食を済ませるとさっそくライディングウェアに着替えツーリングに出かけることとなった。

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バハレイアの街並み。右下に見える木に囲まれた四角い建物が今回のベースとなるホテルだ。
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ホテルの名前はホットスプリングホテル。その名の通り温泉のジャクジー風呂がホテルの中庭にある。
ただこの名前だと地元の人にはほとんど通じつ、ペーターのホテルと言うと通じるそうだ。
ペーターはドイツ人のオーナーの名前で、ペーターは高校時代に幕張の高校に留学していたそうだ。
てことはペーターが日本にいた頃、我が家のすぐ近くにいたことになる。
正に世界は広いようで狭いということか、もしかすると当時、街ですれ違っていたかもしれない。
それがその数十年後にアフリカの砂漠の中のオアシスで出会うとは不思議なものだ。
奥さんも日本人で「ミハルさん」といい、ホテルではなにかとミハルさんにお世話になった。
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マシンは去年から送ってありこのホテルにわざわざ保管庫まで作って置いてあったKTMマシンだ。
さあ、いよいよツーリングが始まる、ここまでくるのに長かったので大いに楽しみたいと思う。
ではこの続きは次回ということで。

<続く>

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